製造業の明暗を分けてきた形式知と暗黙知とは

アメリカの経営者の間に「日本に習え」というブームがあったのは、戦後日本が
高度成長により大躍進した時代です。
なぜ日本の製造業が強いのか、その謎を解くために日本企業は徹底的に研究され
たのです。



■日本から暗黙知を学んだアメリカ人
日本の製造業の現場レベルでは品質管理のためにボトムアップの改善活動が盛んで
あり、製造業成功の秘訣として当初、アメリカ人は日本の品質管理活動を模倣しよう
としたのだが、なかなかうまく行来ませんでした。

品質管理に必要なカイゼンは「職人のコツ」などを含んでいてよくわからなかった
からですが、それをなんとか「形式知化」したのが、TQCやシックス・シグマなどの
品質管理技法です。もともと日本の品質管理はアメリカのデミング博士が持ち込んだ
ものでしたが、日本の「暗黙知」の概念を取り入れ、再びアメリカで「形式知化」
されました。

■暗黙知と形式知
マニュアルに書ける知識のことを形式知と呼びます。例えば、ハンバーガーチェーン
のマニュアルが該当します。
しかし、寿司屋では寿司のマニュアルは教えてもらえません。寿司は湿度や温度など
様々なパラメータによって変化し、職人はこれを経験で覚えているので定式化できない
のです。マニュアルに書けない知識を「暗黙知」と呼び、したがって寿司の作り方
をマニュアル化しただけでは寿司屋にはなれません。

暗黙知は伝えるのが難しく、寿司屋の場合には10年程度の修行が必要になります。
しかし、いったん覚えてしまうと幅広く応用が利ようになります。
一方、形式知は早く覚えることができるが、条件が変わると、」それに対する応用力が
ありません。このように暗黙知と形式知には一長一短があり、一概にどちらかが優れて
いるとは言えない面があります。

なぜ、日本で暗黙知に頼った徒弟制度が温存されたのかは非常に興味深い問題です。
第一に日本の産業があまり変化しなかったという事情があり、例えば寿司の作り方は
長い間変化しなかったため、例え10年程度かけて学んでも、その後寿司職人として
十分に成り立っていけます。
日本の伝統芸能には形式知によらない知識伝達をするものが多く、歌舞伎、落語、文楽
などが挙げられ、多くの場合「家」が情報伝達の主体になっています。そこでは、生ま
れてから死ぬまで同じ仕事に従事していました。

次に日本人が文脈依存の文化を持っており、あまり多くを語らなくても「分かって
もらえる」文化です。比較的均質性が高いからこのようなことができるのでしょう。

■暗黙知の伝承が失われた日本の製造業
暗黙知と形式知に着目すると、今の日本の製造業の問題点が分かります。
日本の終身雇用の崩壊、少子高齢化によって人で不足が生じ、暗黙知の断絶が現実
のものとなっています。職場のノウハウや職人のコツといった暗黙知が伝わらず、
ものづくりの差別化ができなくなってきました。

さらに、IOT技術、AI技術などの進展に見られるように、産業技術革新のスピード
にもついて行けなくなってきました。技術革新のスピードについてゆくためには
分業と知識の共有が必要だが、そもそも自分たちが持っている知識を体系化して
棚卸しできなければ共有はできません。

この傾向は社員の非正規化が進むといっそう悪化してきます。
日本人は形式知による情報伝達が苦手であり、更に「暗黙知の継承ができない」こと
になった場合、製造業の現場の力はどんどん失われていくことになります。

IT産業や金融産業のように変化が早い産業では新しい技術にできるだけ素早くキャ
ッチアップすることが必要です。長い時間をかけて暗黙知を習熟している時間は
ありません。日本企業は暗黙知、形式知のどちらにも馴染めないという状態が続き
これが現在の製造業を最も悩ませているのもやもやの正体です。

■IT化時代に必要なもの
第四次産業革命が叫ばれ、産業構造の変化に伴って、日本人は形式知中心の世界に
慣れる必要があります。ビッグデータの活用ができるようになり、かつては暗黙知
だと思われていたものをそのまま形式知として取り扱う事ができるようになって
来ると予想されます。

しかし「形式知中心の文化の方が優れている」という事ではなく、形式知と暗黙知
の二つは状況に合わせて使い分けるべきで、どちらかが優れているというものでは
ないということを肝に銘ずる必要があります。

(続く)