アメリカ民主主義の疲弊と企業統治のあり方:分断を生まない?日本の意思決定システム

 タブーとされてきた問題を掘り起こし勇気をもって対処すべし
 中小製造業を斜めから見たちょっと辛口のコメント集です。

民主主義とは、何かを考えさせられる昨今です。
投票によって政権交代が起こるということは、民主主義の発展にとって重要
なことです。

選挙は、「投票して多数決で決めること」です。もしも選挙がなければ、特定
の少数者または独裁者の意思に黙って従わねばなりません。その意味で、投票
は面倒だと思っている人でも、独裁者にすべて任せたいとは思わないはずです。

しかし、今回のアメリカ大統領選挙では選挙の問題点が指摘されています。
一つの理由は、「人々の意思」の質の問題で、投票は匿名で行われ、いかなる
理由で投票したかは問われません。有権者は、記憶している名前や顔、見た目
の印象という理由で投票したかもしれないからです。

またネットの時代、様々な情報が飛び交い、人々の意思決定に多くの影響を与
えます。
テレビや新聞の偏向報道が問題視され、また悪意を持った他国からの情報操作も
疑われ、世論調査の結果も信用できないと言った、まさに人々は何が真実なのか
分からなくなってしまい、思わぬ方向に突然迷い込んでしまう危険性をはらんで
います。

理由のもう一つは多数決にも限界があることです。3人で昼食に行く時、各自の
第1希望がハンバーガー、寿司、フランス料理で、かつ、第2・第3希望の順序
も異なるとすると、多数決では決められません。

あるいは、かつて日本の「ねじれ国会」を想起してもよいでしょう。
衆参両院の多数派が異なる場合、決められない国会となり、行政にも支障をきた
します。

一方企業の統治機構はどうでしょうか?
もしも、社員の多数決で何でも決めるとしたらこれもまた問題です。
民主主義というのは、政治においてのみ通用するのであって独裁国家のような
ひとつの価値観による暴走を防ぐ仕組みだと思います・

そして、政治における民主主義では、主権は国民にあり、主権者たる国民が
政治家を選びます。つまり、政治の結果の責任は選んだ国民にあるのです。
結果が悪ければ、国民がまた政治家を選び直すこともできます。全ての権利も
責任も国民の側にあるのです。

一方、企業はどうでしょうか? 経営者は社員が選んでいるわけではないし
結果責任においても、例えば、会社の全てを民主主義で決めて、その結果、
会社が潰れたら誰の責任なのか? もちろん、従業員の責任ではなく、経営者
の責任となります。

経営者が最終的に責任を負わなければいけない以上、意思決定の決定権も経営者
にあるのが当然です。

従業員満足のために、またモチベーション向上のために、あるいは衆知を集めて
良い業績につなげるために、従業員の意見を良く聞くことは良いことです。
しかし、それはあくまでも手段として聞くだけであり、その意見を取り上げるか
どうかは、経営者(層)が判断し、その責任を負わなければならないのです。

しかし、企業においても、ひとつの価値観による暴走はあり得ます。
経営者の最終判断で経営が行われる限り、それを防ぐ仕組みはありません。

しかし、従業員と企業はあくまでも、契約によって結ばれている関係で、会社が
方針を決め、従業員はそれに従って働く。結果の責任は会社にあります。
会社の決定が気に入らなければ、最後は契約を解除して辞めれば良いだけです。

国の場合、政治が悪くても、国外へ移住することは、一般人には難しい行動と
考えられ、企業においても、弱い立場の従業員は、そう簡単に辞めることは
難しい場合が多く、過労死などの問題も頻繁に発生します。

アメリカ大統領選をニュースを通してみる限り、民主主義の国アメリカ社会の
疲弊、対立が進行し、国力を弱めていることは間違いありません。
国を巨大企業としてみた場合、それをけん引するリーダーを選ぶ手段としての
国民の直接投票は曲がり角に来ていると考えざるを得ません。

「間接民主主義」によりトップを選ぶ日本の民主主義も健全かどうかは意見が
分かれるかもしれません。
しかし、国も企業も、根回し、空気、暗黙のルールによる意思決定システム
は、少なくとも、アメリカのような分断を生むことは無いと思われます。